最近、読んでいる漫画のひとつが『るろうに剣心』の北海道編。
どんな作品かは改めて述べるまでもないくらい有名だと思うので割愛するが、るろ剣の単行本にはエピソードの合間に「登場人物制作秘話」というページがあり……メインキャラは勿論、サブキャラも含め文字通り“このキャラは、こうして生まれた”というのを作者自身が(元ネタとかも込みで)事細かに語っている。自分は映画を観るのも好きだが、よく円盤の特典映像で収録されているメイキング&インタビュー(中には、本編に合わせてスタッフやキャストが語るコメンタリーも!)やテレビなどで公開前後に放送されるドキュメンタリー番組とかをチェックするのも好きなので、こうした裏話的コンテンツは結構ツボを突くポイント。
ただ、自分の場合この「キャラをつくる」というワードにモヤッとすることが多々あるというのが本音。

過去にツイッターとかで何度か呟いているが、自分の創作に於いて登場するキャラクターというのは“その世界に生きる者”であり……著者である自分は、そのキャラに『憑依』するような形で「彼・彼女たちが体験するさまざまな出来事を『取材』するが如く心情さえもすべて脳内に記録し、それを小説等の作品という形で構成している」っていうのが本当のところ。
つまり、この世にいないという意味では確かに『虚構』ではあるが。彼らと五感、或いは第六感さえ同調し……悲喜交々、心身の痛みまで知っている自分としてはキャラの存在が安直に「フィクションだ」と言えないというのが正直な気持ち。だから自分は、既述の「登場人物制作秘話」みたいなネタを求められても“自分が『生み出した』わけではなく、意識をその世界に飛ばしたら出逢ったというか『視えた』相手なんだ”としか言い様がないんだよなー。要は、たとえ本編未登場の場合でも「主人公の彼を『生み出した』のは、その世界の何処かにいる(または死別した)彼の親だ」と答える以外にないというか……?

無論こうした内面の諸々は読み手には関係ないし、別にそういう過程があると考えながら読んでもらいたいなんて思ってはいないが。自キャラたちの物語は「こうして、ああして〜」と人工的に決めているものではなく当人たちが己の意志で歩んでいったもので、書いている自分にとっても『憑依』という意識を同調させた取材を重ね徐々に判明していった結果だと知ってもらえたら。
異なる世界で巡り会った素晴らしき者たち(我が子たち、ではない)の生き様を伝えることができたんだなと実感できて、とても嬉しく思う。